暁の寺 ワットアルン の見どころと歴史

暁の寺 ワットアルン の見どころと歴史

バンコクの川沿いの美しい名刹 ワットアルン

暁の寺 ワットアルン (Wat Arun) は、バンコクの三大寺院の1つです。バンコクの中央を流れるチャオプラヤ川沿いにそびえる美しいシルエットの巨大な仏塔は、バンコクを象徴する景観の1つといえます。バンコクには、多くの名刹があることで知られていますが、なかでも暁の寺は三島由紀夫の小説の題名にもなったことから、日本人観光客には最も馴染みのある寺院といえるでしょう。

暁の寺 ワットアルン

バンコクの象徴ともいえるワットアルンの美しい仏塔

暁の寺のタイ語の正式名称は、ワット アルン ラーチャワララーム ラーチャワラマハーウィハーン (Wat Arun Ratchawararam Ratchawaramahawihan) というとても長い名前ですが、通常は略してワットアルンと呼ばれています。「ワット」は寺院、「アルン」は「夜明け」、つまり「暁(あかつき)の寺」という意味です。

でも、世界的に有名なワットアルンの400年以上の長い歴史を振り返ると、現在の寺院の姿が完成されたのは、実は約200年前のことなのです。

ちょうど新型コロナウィルスの影響で外出もできず、暇つぶしにワットアルンの歴史を調べてみると、意外な事実が分かってきたので、今回は自分なりにその歴史をまとめてみました。前半でワットアルンの見どころと基本情報をご紹介して、後半で歴史がまとめてあります。歴史の部分はかなり長いので、興味のある方だけ読んでみてくださいね。

暁の寺 ワットアルン

ワットアルンは400年以上の歴史があるが、現存する仏塔は200年前のもの


暁の寺 の主な見どころ

ワットアルンは仏塔が有名ですが、寺院の敷地内には様々な建物があります。ワットアルンに行ってみたい方のために、寺院内の見どころを簡単にご紹介しましょう。まずは寺院の見取り図をご覧ください。向かって右側がチャオプラヤ川、右下の正方形が大仏塔の位置です。

寺院 見取り図

ワットアルン全域の見取り図

①ワットアルン 大仏塔(プラプラーン)

ワットアルンの象徴ともいえる仏塔は、中央の66mの高さの大仏塔(プラプラーン)と、その周囲の4つの方角に建てられた4つの小仏塔(プラーン)です。大仏塔は3つの階層から成り、1段目は鬼、2段目は猿、3段目は天使の彫刻が施されています。高いのでよく見えませんが、仏塔の上にはヒンドゥー教の神々が祀られているようです。一方、仏塔の下には中国人風の銅像や彫刻が飾られていて、宗教についての詳しい知識はありませんが、よくよく考えてみると、結構インターナショナルな構成だなと思います。

暁の寺 ワットアルン

中央にある大仏塔、下から順に鬼、猿、天使の彫刻が施されている

大仏塔は途中まで登ることができますが、階段がとても急で、登るのはよくても、降りるときはとても怖いです。足下に十分注意する必要があります。

ワットアルンに行った人の写真を見ると、逆光で撮影されているのをよく見かけます。実は、仏塔への入口が東側にあるため、午後ワットアルンに行って、すぐ正面の写真を撮ると、どうしても逆光になってしまうのです。でも、仏塔は四方とも同じデザインですから、面倒くさがらずに仏塔の奥の西側まで行って、順光で明るい写真を撮りましょう。

暁の寺 ワットアルン

入口から撮影すると逆光できれいな写真が撮れない

②小本堂と小礼拝堂

大仏塔の正面には、小さな2つの建物があります。向かって右側がワットアルンの小本堂(ボートノーイ)でご本尊の仏様が安置されています。仏塔の壮麗さに比べると、本堂が小さいのは、もともと仏塔は小さかったのに、後から今の大きさに建て直されたからです。タクシン王が亡くなる前に出家して、この本堂に住まわれたことがあったことから、タクシン王の銅像も祀られています。

暁の寺 ワットアルン

小さい本堂のご本尊

向かって左側は小礼拝堂(ウィハーンノーイ)です。小礼拝堂の中には、青銅の仏塔があり、四天王像に囲まれています。エメラルド仏がビエンチャンから持ち込まれた後、現在のワットプラケオに安置されるまで、この小礼拝堂に安置されていたと言われていて(諸説あり)、現在はエメラルド仏のレプリカが置かれています。

暁の寺 ワットアルン

大仏塔の前にある小さな礼拝堂

ワットアルン 小礼拝堂

小礼拝堂にはエメラルド仏のレプリカが置かれている

小本堂と小礼拝堂はアユタヤ時代から続く古いものですが、ラーマ2世によって新しく大きな本堂と礼拝堂が建てられたため、区別するために小(ノーイ)を付けて呼ばれています。

③本堂と礼拝堂

ラーマ2世の時代に建てられた新しい本堂(プラウボーソット)と礼拝堂(プラウィハーン)です。ほとんどの観光客が、大仏塔に気を取られてしまい、ついつい寺院の本堂を素通りし、見逃してしまいがちです(かくいう私も、最初はワットアルンに行って仏塔しか見ていませんでした)。寺院の入口を入ってすぐ右手に、緑と白の大きな鬼の銅像に守られた門があるので、そちらに進みましょう。仏像が並ぶ回廊に囲まれた本堂があり、その左奥に礼拝堂があります。本堂にはご本尊の仏様のほか、台座の下にはラーマ2世の遺骨が納められているそうです。

暁の寺 ワットアルン

ラーマ2世が後から建てた大きな本堂の入口

ワットアルン 本堂

大仏塔に気をとられて気づかなかった本堂の存在

④対岸の 暁の寺 絶景ポイント

ワットアルンの大仏塔はとても高くて大きいため、近付きすぎるとその壮麗な全景を見ることはできません。あのバンコクを象徴する美しいワットアルンの景色を楽しみたいなら、チャオプラヤ川の対岸から見てみましょう。バンコク三大寺院の1つであるワットポーの辺りには、ワットアルンの絶景が見える川沿いのレストランやカフェがたくさんあるので、ゆっくり休憩しながら、ベストショットを撮影するのがおすすめです。私のおすすめの撮影スポットは、ワットアルンの真正面にあるサララタナコーシンというホテルのレストランのテラス席です。

絶景ポイント

ワットアルンの絶景スポットは川の対岸


ワットアルンへの行き方

最近、暁の寺の近くに地下鉄の駅が出来たようですが、やはり暁の寺へは船に乗って川から行くのが、旅情があって最高です。一番のおすすめは、地下鉄MRTのサナームチャイ(Sanam Chai)駅で下車し、10分ほど歩いてターティアン(Tha Tian)という桟橋まで行き、桟橋から渡し船に乗って川の反対側のワットアルンに行く方法です。桟橋からは、渡し船と通常のフェリーが出ているので、乗り間違えないように注意してください。渡し船の料金は片道4バーツなので、小銭を用意しておきましょう。船の切符売り場は昔ながらのスタイルで、とてもレトロな雰囲気です。

ターティアン桟橋まで、地下鉄の代わりにタクシーで行ってもいいですが、帰りはトゥクトゥクやタクシーに乗らないようにしましょう。この辺りは有名観光地なので、外国人観光客を狙ったぼったくりがとても多いからです。あるいは、BTSサパーンタクシン駅そばの桟橋から、チャオプラヤ川のフェリーを利用するのも楽しいでしょう。

ターティアン

ワットアルンへの渡し船乗り場

ターティアン

ターティアン桟橋から渡し船に乗る


ワットアルン 暁の寺 の基本情報

Wat Arun
住所158 Wang Derm Road, Wat Arun, Bangkok Yai, Bangkok 10600
開館時間:9:00〜16:30
アクセス:MRTサナームチャイ駅からターティアン桟橋まで徒歩10分、  ターティアン桟橋から渡し船で川の反対側に渡る
入場料金:外国人100バーツ、タイ人50バーツ
服装:ノースリーブや短パンなど、肩や膝を露出した服装は禁止
ウェブhttps://www.watarun1.com/en
マップ


アユタヤ時代に遡る 暁の寺 の 歴史

暁の寺は、現在はタイ王室第一級寺院にも指定され、タイを代表する寺院の1つですが、実はいつ誰によって建立されたのかは不明です。ただ、アユタヤ時代のナライ王(在位1633〜1688年)の時代にフランス人使節が作成した地図に寺院が存在したことから、その当時からあった古い寺院だと推測されています。

サイアム 地図

アユタヤ時代にフランス人が描いたサイアム(当時の国名)の地図

しかし、誰もが目を奪われるワットアルンの美しく壮大な仏塔は、アユタヤ時代から存在したわけではありません。最初に建てられていた仏塔はわずか16mの高さで、当初は小さな名もない寺院だったのです。

アユタヤが首都として繁栄していたころ、バンコクはまだ田舎の農村地帯だったようです。当時、この辺りにはマコークと呼ばれるオリーブに似た実をつける木の果樹園があったため、バーンマコーク(マコーク村)と呼ばれていました。ワット・アルンも当初の名前は、ワット・バーンマコーク(マコーク村の寺院)でしたが、その後省略されて、ワット・マークと呼ばれるようになったと考えられています。一方、バーンマコーク(マコーク村)という地名も省略されて、バーンコークになったのが、現在のバンコクの名前の起源だという説もあります。

余談ですが、マコークにはマコークナーム(ホルトノキ科)やマコークファラン(オリーブ)など、いくつかの種類があり、バンコクにあったのはマコークナームのようです。


エメラルド仏が安置されたトンブリ王朝の王室寺院

1767年のビルマ軍の攻撃によって、王都アユタヤが破壊し尽くされ、アユタヤ時代最後の国王もビルマ軍に捕らえられて亡くなり、1351年から1767年まで400年以上続いたアユタヤ時代が幕を閉じます。その後、アユタヤを滅ぼしたビルマ軍への報復を果たし、1768年に新たな国王に即位したのがタクシン王でした。タクシン王は、アユタヤに代わってバンコクを王都とし、トンブリ王宮を建てました。

アユタヤ 遺跡

ビルマ軍に滅ぼされたアユタヤの遺跡

トンブリ王宮が建設されたのは、このワット・マーク(現在のワット・アルン)の隣の敷地(現在の海軍本部)でした。タクシン王は、ワット・マークをトンブリ王宮の菩提寺と定め、本堂と礼拝堂の改修を行い、寺院の名前もワット・チェーン(夜明けの寺という意味)に変更したのです。

タクシン王 トンブリ王宮

タクシン王がワットアルンの隣に建てたトンブリ王宮

当時、タクシン王の臣下であった後のラーマ1世王は、タクシン王に北部遠征を命じられ、現在のラオスであるビエンチャン、ルアンプラバン、チャンパーサックに攻め入ります。町や寺院を破壊し、当時ビエンチャンの寺院にあったプラケオ(エメラルド仏)をバンコクに持ち帰りました。翡翠で出来た美しいエメラルド色の仏像は、トンブリ王宮の王室菩提寺であるワット・チェーンの小さな礼拝堂に安置されました(諸説あり)。

タイ王宮

ビエンチャンからラーマ1世が持ち帰ったエメラルド仏が安置されている現在の王宮

1782年、タクシン王の精神攪乱を理由に、自らが国王に即位したラーマ1世は、トンブリ王宮とはチャオプラヤ川を隔てた対岸に、新しい王宮と王室の守護寺院を建設します。そして、ワット・チェーンに安置されていたプラケオ(エメラルド仏)を新しい守護寺院に移しました。これが現在の王宮ワット・プラケオ(エメラルド寺院)なのです。


ラーマ2世の大修復で生まれ変わった ワットアルン

ラーマ1世の息子であるラーマ2世は、国王に即位する前はトンブリ王宮に住んでいて、敷地内にあったワット・チェーンの修復工事に着手します。これまでワット・チェーンと呼ばれていた寺院は、ラーマ2世によって、ワット・アルンラーチャターラームという美しい名前になり、さらにラーマ4世によって、現在の長い名前に改称されました。また、当初は小さな本堂と礼拝堂しかありませんでしたが、大きな本堂と礼拝堂が新たに建立されました。ラーマ2世の遺骨はこの本堂に納められているそうです。

タクシン王

ワットアルンの小さな本堂に祀られているタクシン王の銅像

ラーマ2世は、ワット・アルンの仏塔の高層化を計画していましたが、完成する前に亡くなったため、ラーマ3世(在位1824〜1851年)に引き継がれました。現在、アユタヤは遺跡だけが残る寂れた町になってしまいましたが、ビルマ軍に破壊される前は、多くの宮殿や寺院が建ち並ぶ美しい都でした。バンコクに遷都された当初、バンコクはまだ田舎でしたから、文化的で仏教への信仰心が篤かったラーマ3世は、バンコクを王都にふさわしい美しい都にしようと、多くの寺院の大修復を行いました。その1つがワット・アルンだったのです。

ラーマ2世像

ワットアルンの敷地内に建てられたラーマ2世像

ワットアルンの新たな仏塔は、1842年から1851年まで、9年の年月をかけて立て直されました。その結果、当初16mしかなかった仏塔が66m以上の高さをもつ、現在の美しい仏塔に生まれ変わったのです。

ワットアルン本堂

ラーマ2世王の遺骨が納められているワットアルン大本堂


社会的批判が噴出した2017年の大改修

ワットアルンの仏塔は、ラーマ5世(在位:1868〜1910年)時代に一度大きな修復作業が行われたといわれていますが、それから約100年が経っていました。2013年から2017年にかけて、トンブリ王朝建立250周年を記念した、大がかりな修復が行われました。バンコク観光のハイライトであった暁の寺の大仏塔は、修復中の5年はその美しい姿を隠していました。そして、ついに修復が完成した2017年、装いを新たにしたワット・アルンがお披露目されました。

ワットアルン 暁の寺

修復中のワットアルン(2017年1月撮影)

ところが・・・。修復が完了したワットアルンには、タイ社会から厳しい非難の声が次々と浴びせられます。ある日フェイスブックに、ワットアルンの仏塔の鬼の彫刻の修復前と修復後の写真を掲載し、「霊験あらかたなる鬼が、アニメの鬼みたいになってしまった・・・」というコメントを投稿した人がいたのです。確かに、鬼の文様が白くパステルカラー調になってしまい、神聖さが失われてしまったように見えました。

ワットアルン修復

フェイスブックに投稿されたワットアルンの修復前と修復後の画像

出典:タイメディアのサイトhttps://mgronline.com/live/detail/9600000083936

これがきっかけで様々な疑惑が巻き起こります。曰く、以前よりも使用している陶器片の数が減ったのではないか、取り外した古い陶器片はお守りとして取引されている、お金欲しさにわざと陶器片を減らして売ったのではないか・・・、などなど。

近づいて見るとよくわかるのですが、仏塔の表面には、建立当初は中国から取り寄せられたという、色とりどりの陶器を細かく砕き、その陶器のかけらをモザイク画のようにギッシリと貼り付けて、緻密な文様が描かれているのです。その陶器片の総数は30万点にも上ります。

ワットアルン 暁の寺

細かな陶器のかけらで装飾された仏塔

修復では、全ての陶器片を一旦取り外して、1つ1つクリーニングを行いました。全体の60%の陶器片はきれいになったあと、元の位置に貼り付けられましたが、残りの40%に当たる12万点は、損傷が激しいため取り外され、代わりに新しい陶器片が埋め込まれました。また、モザイク模様の下地となる仏塔の壁面の塗り直しも行われました。考えただけで気が遠くなるような細かな作業です。今回の修復は、タイの芸術局が担当しました。

芸術局とワットアルンは、世間の疑惑を晴らすため、釈明に大わらわとなります。その結果、当初のフェイスブックの投稿は、同じ鬼を比較した写真ではなく、別物だったことが判明し、文様そのものは以前と変わっていないことが確認されました。また、損傷して使わなかった陶器片は、芸術局が全て番号をつけて管理し、寺院の所有物として、ワットアルンに全て返却したそうです。お寺側は一部をお守りとして売り出し、寺院の運用資金にしていたとか。タイ人のお守りマニアにとっては、垂涎のレアものだったに違いありません。

ワットアルン お守り

オンライン販売されているワットアルンのお守り

出典:お守りのオンラインサイトhttps://www.pnt19.com/reserve_detail/585

ただ、芸術局も非を認めざるを得なかったのは、修復作業の稚拙さと石灰の白さです。新しい石灰は時間が経てば風化し、黒ずんでくるものかもしれませんが、陶器片の装飾の表面を石灰が覆ってしまうなど、作業がどうみても雑です。今時の人材では昔のような緻密な作業は難しかったのかもしれません・・・。

皮肉なことに、新しく生まれ変わった白とパステルカラーのワットアルンは、若い女性観光客の絶好のインスタ映えスポットとして、脚光を浴びることになりました。今では、「ワットアルン=可愛いお寺」と認識され、バンコク三大寺院の中でもダントツの人気ぶりです。これも「時代が変われば・・・」ということなのでしょうか・・・。

ワットアルン 暁の寺

インスタ映えスポットとして人気のワットアルン

長々と歴史らしきものをまとめてみましたが、以前撮影したワットアルンの写真があまりうまく撮れていなくて、かなり愕然としています・・・。今は新型コロナウィルスの影響で、観光どころではありませんが、状況が落ちついたら、写真を撮り直しに行きたいなぁと思っています。(追記:2020年7月1日からワットアルンの一般公開が再開され、取り直した写真を追加しました)

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