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ワットアルンは、バンコクを代表する寺院として多くの観光客が訪れる人気スポットです。
しかし、その美しい姿の裏には、アユタヤ王朝の滅亡やトンブリー王朝の誕生など、タイの歴史を大きく動かした出来事が刻まれています。
この記事では、ワットアルンの歴史をわかりやすく解説するとともに、見どころや建築の魅力、アクセス方法、参拝のポイントまで現地在住の視点で詳しくご紹介します。
歴史を知ることで、暁の寺の美しさをより深く味わえるはずです。
ワットアルン周辺エリアの情報は、バンコク旧市街ガイドでまとめてご紹介しています。宿泊先やほかのスポット探しの参考にどうぞ。
- ワットアルンの歴史と「暁の寺」と呼ばれる理由
- 見逃せない見どころと建築の特徴
- 入場料・営業時間・アクセス方法
- おすすめの参拝時間と写真スポット
- ワットポーや王宮と組み合わせた観光プラン
ワットアルンは、単に美しい寺院ではありません。タイ王国の転換点を見守ってきた寺院だからこそ、その歴史を知ることで訪問がより印象深いものになります。
ワットアルンとは?
ワットアルン (暁の寺;Wat Arun) は、バンコクの三大寺院の1つです。
バンコクの中央を流れるチャオプラヤ川沿いにそびえる美しいシルエットの巨大な仏塔は、バンコクを象徴する景観の1つといえます。
バンコクには、多くの名刹があることで知られていますが、なかでも暁の寺は三島由紀夫の小説の題名にもなったことから、日本人観光客には最も馴染みのある寺院といえるでしょう。

暁の寺のタイ語の正式名称は、ワット アルン ラーチャワララーム ラーチャワラマハーウィハーン (Wat Arun Ratchawararam Ratchawaramahawihan) というとても長い名前ですが、通常は略してワットアルンと呼ばれています。「ワット」は寺院、「アルン」は「夜明け」、つまり「暁(あかつき)の寺」という意味です。
でも、世界的に有名なワットアルンの400年以上の長い歴史を振り返ると、現在の寺院の姿が完成されたのは、実は約200年前のことなのです。
2020年当時の外出制限の中で、暇つぶしにワットアルンの歴史を調べてみると、意外な事実が分かってきたので、今回は自分なりにその歴史をまとめてみました。
前半でワットアルンの見どころと基本情報をご紹介して、後半で歴史がまとめてあります。歴史の部分はかなり長いので、興味のある方だけ読んでみてくださいね。

ワットアルンの見どころと楽しみ方
ワットアルンは仏塔が有名ですが、寺院の敷地内には様々な建物があります。ワットアルンに行ってみたい方のために、寺院内の見どころを簡単にご紹介しましょう。まずは寺院の見取り図をご覧ください。向かって右側がチャオプラヤ川、右下の正方形が大仏塔の位置です。

①ワットアルン 大仏塔(プラプラーン)
ワットアルンの象徴ともいえる仏塔は、中央の66mの高さの大仏塔(プラプラーン)と、その周囲の4つの方角に建てられた4つの小仏塔(プラーン)です。
大仏塔は3つの階層から成り、1段目は鬼、2段目は猿、3段目は天使の彫刻が施されています。高いのでよく見えませんが、仏塔の上にはヒンドゥー教の神々が祀られているようです。
一方、仏塔の下には中国人風の銅像や彫刻が飾られていて、宗教についての詳しい知識はありませんが、よくよく考えてみると、結構インターナショナルな構成だなと思います。

大仏塔は途中まで登ることができますが、階段がとても急で、登るのはよくても、降りるときはとても怖いです。足下に十分注意する必要があります。
ワットアルンに行った人の写真を見ると、逆光で撮影されているのをよく見かけます。実は、仏塔への入口が東側にあるため、午後ワットアルンに行って、すぐ正面の写真を撮ると、どうしても逆光になってしまうのです。
でも、仏塔は四方とも同じデザインですから、面倒くさがらずに仏塔の奥の西側まで行って、順光で明るい写真を撮りましょう。

②小本堂と小礼拝堂
大仏塔の正面には、小さな2つの建物があります。向かって右側がワットアルンの小本堂(ボートノーイ)でご本尊の仏様が安置されています。
仏塔の壮麗さに比べると、本堂が小さいのは、もともと仏塔は小さかったのに、後から今の大きさに建て直されたからです。タクシン王が亡くなる前に出家して、この本堂に住まわれたことがあったことから、タクシン王の銅像も祀られています。

向かって左側は小礼拝堂(ウィハーンノーイ)です。小礼拝堂の中には、青銅の仏塔があり、四天王像に囲まれています。
エメラルド仏がビエンチャンから持ち込まれた後、現在のワットプラケオに安置されるまで、この小礼拝堂に安置されていたと言われていて(諸説あり)、現在はエメラルド仏のレプリカが置かれています。


小本堂と小礼拝堂はアユタヤ時代から続く古いものですが、ラーマ2世によって新しく大きな本堂と礼拝堂が建てられたため、区別するために小(ノーイ)を付けて呼ばれています。
③本堂と礼拝堂
ラーマ2世の時代に建てられた新しい本堂(プラウボーソット)と礼拝堂(プラウィハーン)です。
ほとんどの観光客が、大仏塔に気を取られてしまい、ついつい寺院の本堂を素通りし、見逃してしまいがちです(かくいう私も、最初はワットアルンに行って仏塔しか見ていませんでした)。
寺院の入口を入ってすぐ右手に、緑と白の大きな鬼の銅像に守られた門があるので、そちらに進みましょう。仏像が並ぶ回廊に囲まれた本堂があり、その左奥に礼拝堂があります。
本堂にはご本尊の仏様のほか、台座の下にはラーマ2世の遺骨が納められているそうです。


④寺院全体が見える対岸の絶景ポイント
ワットアルンの大仏塔はとても高くて大きいため、近付きすぎるとその壮麗な全景を見ることはできません。あのバンコクを象徴する美しいワットアルンの景色を楽しみたいなら、チャオプラヤ川の対岸から見てみましょう。
バンコク三大寺院の1つであるワットポーの辺りには、ワットアルンの絶景が見える川沿いのレストランやカフェがたくさんあるので、ゆっくり休憩しながら、ベストショットを撮影するのがおすすめです。
私のおすすめの撮影スポットは、ワットアルンの真正面にあるサララタナコーシンというホテルのレストランのテラス席です。

⑤タイ衣装レンタルサービス
ワットアルンの裏手にはタイ伝統衣装のレンタル店が多く、民族衣装を着て記念撮影を楽しむ旅行者も増えています。

ワットアルンへのアクセス
現在は、暁の寺の近くにある地下鉄MRTイサラパープ駅からも徒歩で行くことができますが、やはり暁の寺へは船に乗って川から行くのが、旅情があって最高です。
一番のおすすめは、地下鉄MRTのサナームチャイ(Sanam Chai)駅で下車し、10分ほど歩いてターティアン(Tha Tian)という桟橋まで行き、桟橋から渡し船に乗って川の反対側のワットアルンに行く方法です。
桟橋からは、渡し船と通常のフェリーが出ているので、乗り間違えないように注意してください。渡し船の料金は片道5バーツ(※2025年現在)なので、小銭を用意しておきましょう。
以前はレトロな雰囲気の古い桟橋でしたが、最近建て替えられて、近代的な船着場に生まれ変わりました。
ターティアン桟橋まで、地下鉄の代わりにタクシーで行ってもいいですが、帰りはトゥクトゥクやタクシーに乗らないようにしましょう。
この辺りは有名観光地なので、外国人観光客を狙ったぼったくりがとても多いからです。あるいは、BTSサパーンタクシン駅そばの桟橋から、チャオプラヤ川のフェリーを利用するのも楽しいでしょう。


ワットアルンの基本情報
Wat Arun
住所:158 Wang Derm Road, Wat Arun, Bangkok Yai, Bangkok 10600
開館時間:9:00〜16:30
アクセス:MRTサナームチャイ駅からターティアン桟橋まで徒歩10分、 ターティアン桟橋から渡し船で川の反対側に渡る
入場料金:外国人200バーツ(タイ人は無料)
服装:ノースリーブや短パンなど、肩や膝を露出した服装は禁止
ワットアルンのマップ:
ワットアルンの歴史|アユタヤ王朝から現在まで
アユタヤ王朝時代
暁の寺は、現在はタイ王室第一級寺院にも指定され、タイを代表する寺院の1つですが、実はいつ誰によって建立されたのかは不明です。ただ、アユタヤ時代のナーラーイ王(在位1633〜1688年)の時代にフランス人使節が作成した地図に寺院が存在したことから、その当時からあった古い寺院だと推測されています。

しかし、誰もが目を奪われるワットアルンの美しく壮大な仏塔は、アユタヤ時代から存在したわけではありません。最初に建てられていた仏塔はわずか16mの高さで、当初は小さな名もない寺院だったのです。
アユタヤが首都として繁栄していたころ、バンコクはまだ田舎の農村地帯だったようです。当時、この辺りにはマコークと呼ばれるオリーブに似た実をつける木の果樹園があったため、バーンマコーク(マコーク村)と呼ばれていました。
ワット・アルンも当初の名前は、ワット・バーンマコーク(マコーク村の寺院)でしたが、その後省略されて、ワット・マークと呼ばれるようになったと考えられています。
一方、バーンマコーク(マコーク村)という地名も省略されて、バーンコークになったのが、現在のバンコクの名前の起源だという説もあります。
余談ですが、マコークにはマコークナーム(ホルトノキ科)やマコークファラン(オリーブ)など、いくつかの種類があり、バンコクにあったのはマコークナームのようです。
タクシン王とトンブリ王朝
1767年のビルマ軍の攻撃によって、王都アユタヤが破壊し尽くされ、アユタヤ時代最後の国王もビルマ軍に捕らえられて亡くなり、1351年から1767年まで400年以上続いたアユタヤ時代が幕を閉じます。
その後、アユタヤを滅ぼしたビルマ軍への報復を果たし、1768年に新たな国王に即位したのがタクシン王でした。タクシン王は、アユタヤに代わってバンコクを王都とし、トンブリ王宮を建てました。

トンブリ王宮が建設されたのは、このワット・マーク(現在のワット・アルン)の隣の敷地(現在の海軍本部)でした。
タクシン王は、ワット・マークをトンブリ王宮の守護寺院と定め、本堂と礼拝堂の改修を行い、寺院の名前もワット・チェーン(夜明けの寺という意味)に変更したのです。

当時、タクシン王の臣下であった後のラーマ1世王は、タクシン王に北部遠征を命じられ、現在のラオスであるビエンチャン、ルアンプラバン、チャンパーサックに攻め入ります。
町や寺院を破壊し、当時ビエンチャンの寺院にあったプラケオ(エメラルド仏)をバンコクに持ち帰りました。
翡翠で出来た美しいエメラルド色の仏像は、トンブリ王宮の王室菩提寺であるワット・チェーンの小さな礼拝堂に安置されました(諸説あり)。

1782年、タクシン王の精神攪乱を理由に、自らが国王に即位したラーマ1世は、トンブリ王宮とはチャオプラヤ川を隔てた対岸に、新しい王宮と王室の守護寺院を建設します。
そして、ワット・チェーンに安置されていたプラケオ(エメラルド仏)を新しい守護寺院に移しました。これが現在の王宮とワット・プラケオ(エメラルド寺院)なのです。
ラーマ2世・ラーマ3世による現在の姿
ラーマ1世の王子であるラーマ2世は、国王に即位する前はトンブリ王宮に住んでいて、敷地内にあったワット・チェーンの修復工事に着手します。
これまでワット・チェーンと呼ばれていた寺院は、ラーマ2世によって、ワット・アルンラーチャターラームという美しい名前になり、さらにラーマ4世によって、現在の長い名前に改称されました。
また、当初は小さな本堂と礼拝堂しかありませんでしたが、大きな本堂と礼拝堂が新たに建立されました。ラーマ2世の遺骨はこの本堂に納められているそうです。

ラーマ2世は、ワット・アルンの仏塔の高層化を計画していましたが、完成する前に亡くなったため、ラーマ3世(在位1824〜1851年)に引き継がれました。
現在、アユタヤは遺跡だけが残る寂れた町になってしまいましたが、ビルマ軍に破壊される前は、多くの宮殿や寺院が建ち並ぶ美しい都でした。
バンコクに遷都された当初、バンコクはまだ田舎でしたから、文化的で仏教への信仰心が篤かったラーマ3世は、バンコクを王都にふさわしい美しい都にしようと、多くの寺院の大修復を行いました。その1つがワット・アルンだったのです。

ワットアルンの新たな仏塔は、1842年から1851年まで、9年の年月をかけて立て直されました。その結果、当初16mしかなかった仏塔が66m以上の高さをもつ、現在の美しい仏塔に生まれ変わったのです。

2017年の大改修とタイ社会での議論
ワットアルンの仏塔は、ラーマ5世(在位:1868〜1910年)時代に一度大きな修復作業が行われたといわれていますが、それから約100年が経っていました。
2013年から2017年にかけて、トンブリ王朝建立250周年を記念した、大がかりな修復が行われました。
バンコク観光のハイライトであった暁の寺の大仏塔は、修復中の5年はその美しい姿を隠していました。そして、ついに修復が完成した2017年、装いを新たにしたワット・アルンがお披露目されました。

ところが・・・。修復が完了したワットアルンには、タイ社会から厳しい非難の声が次々と浴びせられます。
ある日フェイスブックに、ワットアルンの仏塔の鬼の彫刻の修復前と修復後の写真を掲載し、「霊験あらかたなる鬼が、アニメの鬼みたいになってしまった・・・」というコメントを投稿した人がいたのです。
確かに、鬼の文様が白くパステルカラー調になってしまい、神聖さが失われてしまったように見えました。

出典:タイメディアのサイトhttps://mgronline.com/live/detail/9600000083936
これがきっかけで様々な疑惑が巻き起こります。曰く、以前よりも使用している陶器片の数が減ったのではないか、取り外した古い陶器片はお守りとして取引されている、お金欲しさにわざと陶器片を減らして売ったのではないか・・・、などなど。
近づいて見るとよくわかるのですが、仏塔の表面には、建立当初は中国から取り寄せられたという、色とりどりの陶器を細かく砕き、その陶器のかけらをモザイク画のようにギッシリと貼り付けて、緻密な文様が描かれているのです。その陶器片の総数は30万点にも上ります。

修復では、全ての陶器片を一旦取り外して、1つ1つクリーニングを行いました。全体の60%の陶器片はきれいになったあと、元の位置に貼り付けられましたが、残りの40%に当たる12万点は、損傷が激しいため取り外され、代わりに新しい陶器片が埋め込まれました。また、モザイク模様の下地となる仏塔の壁面の塗り直しも行われました。
考えただけで気が遠くなるような細かな作業です。今回の修復は、タイの芸術局が担当しました。
芸術局とワットアルンは、世間の疑惑を晴らすため、釈明に大わらわとなります。
その結果、当初のフェイスブックの投稿は、同じ鬼を比較した写真ではなく、別物だったことが判明し、文様そのものは以前と変わっていないことが確認されました。
また、損傷して使わなかった陶器片は、芸術局が全て番号をつけて管理し、寺院の所有物として、ワットアルンに全て返却したそうです。
お寺側は一部をお守りとして売り出し、寺院の運用資金にしていたとか。タイ人のお守りマニアにとっては、垂涎のレアものだったに違いありません。

出典:お守りのオンラインサイトhttps://www.pnt19.com/reserve_detail/585
ただ、芸術局も非を認めざるを得なかったのは、修復作業の稚拙さと石灰の白さです。
新しい石灰は時間が経てば風化し、黒ずんでくるものかもしれませんが、陶器片の装飾の表面を石灰が覆ってしまうなど、作業がどうみても雑です。今時の人材では昔のような緻密な作業は難しかったのかもしれません・・・。
皮肉なことに、新しく生まれ変わった白とパステルカラーのワットアルンは、若い女性観光客の絶好の写真映えスポットとして、脚光を浴びることになりました。
「ワットアルン=可愛いお寺」と認識され、バンコク三大寺院の中でもダントツの人気スポットになりました。これも「時代が変われば・・・」ということなのでしょうか・・・。

歴史を知ると、ワットアルン観光はもっと面白い
ワットアルンは、美しい外観だけでなく、タイ王国の歴史を語るうえで欠かせない寺院です。歴史的背景を知ってから訪れると、一つひとつの建築や装飾にも新たな発見があります。バンコクを訪れる際は、ぜひワットポーや王宮とあわせて巡り、タイの歴史と文化をより深く感じてみてください。
よくある質問(FAQ)
ワットアルンの所要時間はどれくらいですか?
見学時間の目安は約1〜2時間です。境内をゆっくり散策しながら写真撮影を楽しむ場合は、2時間ほど見ておくと余裕があります。ワットポーや王宮とあわせて半日コースで巡るのもおすすめです。
ワットアルンを訪れるおすすめの時間帯はいつですか?
朝は比較的涼しく、人が少ないため落ち着いて参拝できます。夕方はチャオプラヤー川越しに美しい景色を楽しめる人気の時間帯です。昼間は日差しが強いため、帽子や飲み物を用意すると安心です。
ワットアルンへはどのように行けばよいですか?
MRTサナームチャイ駅からターティアン船着場へ徒歩で向かい、渡し船でチャオプラヤー川を渡るルートが一般的です。チャオプラヤー・エクスプレス・ボートを利用する方法もあります。
ワットアルンを訪れる際の服装に決まりはありますか?
寺院では肩や膝が隠れる服装が求められます。ノースリーブや短いパンツ、ミニスカートなど露出の多い服装は避け、落ち着いた服装で参拝しましょう。
ワットアルンはワットポーや王宮と一緒に観光できますか?
はい。ワットアルン、ワットポー、王宮は距離が近く、バンコク旧市街を代表する観光スポットです。1日で効率よく巡ることができ、歴史や文化をより深く楽しめます。
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